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【それぞれの、終わり】作者を探す五人の非実在青少年

作:小田原庄九郎

 

 

 

 

御堂カズマ著

GAME OVER!』第一巻 表紙裏紹介文

 

 『あなたには選択権があります。これから先の高校生活を私と付き合って過ごすか、あるいは(社会的な)死か――

 どこにでもいる平凡な高校生・鏡山司郎の前に現れたのは、たった一人のゲーム制作部員・織星結衣。彼女に運命を握られた司郎は強制的に部員にさせられなんとゲームのシナリオを書く羽目に。

 「いや、僕、ゲームとか作ったことないんだけど」「大丈夫です、私もまだ作ったことありませんから」

 そんな行き当たりばったりのゲーム制作に幼馴染の花菱すみれと升川康平も加わり、さらには学校一の美少女・天覧山弥生も現れて、って誰もゲーム作れないってどーなのさ!

 超ド級のゲーム制作ラブコメ、ここに開幕……するのか?

 

御堂カズマ著

GAME OVER!』第三巻 作者あとがき

 

というわけで、ついに三巻目まで漕ぎ着けました『GAME OVER!』。シリーズの立ち上げ当初はどうなるかと思いましたが皆様の声援のお陰でついにここまで来れました!

実はこれが私のこれまでの作品の中で最長記録達成だったりするんですよね。ハイそこ「今までどんだけ売れなかったんだよ」とか言わない!

と、こんな感じでこれから先も更なる記録更新に向けて励んで行きたいところ、なん、です、が!

ここで読者の皆さんに悲しいお知らせです。

本作『GAME OVER!』は次巻でシリーズ完結となります。

初めにおめでたい話をしといて何だそりゃ!と思った方々、そう、その顔が見たかった(ゲス顔)。

なんていうのは冗談ですが、次巻で終わりを迎えるのはほんとにほんと。名残惜しいですが次で文字通りの『GAME OVER』となります(うまいこと言ったつもり)。

合宿を経て急接近する司郎と結衣、すみれ、そして判明した幼き日の弥生との初恋の思い出、急展開を迎えた三巻から果たしてどのような結末が彼らを待っているのでしょうか。いやー楽しみですねー(作者はお前だ)。

ゲーム制作部は夏コミで成功を収めることが出来るのか、そしてヒロインたちとの恋愛模様はどうなるのか。全ては次巻にご期待あれ。(実はまだプロットすら出来てないのは内緒だ!)

では今回はここらで。次回は『GAME OVER!』第四巻で僕と握手!

 

御堂カズマ

 

編集部からのお知らせ

 

当レーベルにて長編シリーズ『GAME OVER!』を執筆中の御堂カズマ(本名齋藤健二)氏が昨夜、埼玉県内の病院において脳梗塞のため亡くなりました。三十八歳でした。

突然の訃報に編集部一同呆然としております。生前の氏が精魂を尽くして作り上げた『GAME OVER!』が完結の日を見ぬままに終わってしまうのが残念でなりません。御堂先生の冥福を心よりお祈りします。

 

 

 始めに、場の状況を説明しておこう。

 場所は都立亀ヶ岡高校三階第三講義室。時刻は午後四時半ごろ。教室中央に机を並べてゲーム制作部の五名、すなわち部長の織星結衣、僕こと鏡山司郎、部員の花菱すみれ、天覧山弥生、升川康平が座っている。

 僕たちは今ちょうどある一つの問題について議論を交わそうとしている。議題は『今後の身の振り方について』。部長という立場から結衣が座長のような役割を担っている。その傍らでは弥生が机の上にノートを広げて議事進行の記録の責を負う。

 状況の説明としてはこんな感じだ。

 議論は次のような結衣の言葉によって開始される。

 「話を始める前にいささか形式的ではありますがこの場における私たちの議論の目的について再度確認を取っておきましょう。未完に終わった御堂カズマのライトノベル作品『GAME OVER!』の結末を考える。これでよろしいですね?」

 僕を含めた他の四名に当然ながら異論はない。僕たちは一様に黙って頷いてそれを承認した。

 織星結衣。都立亀ヶ岡高校ゲーム制作部の部長。ショートヘアの似合うクールな美少女。大人びた雰囲気の中に温かい気配りとゲームづくりへの情熱を秘める。そういう設定。

 その人物設定を裏付けるかのように冷静な面持ちで結衣は淡々と粛々と議事を進行させていく。

 「この問題について結論を出すことは実はさほど難しいことではありません。というのも、『GAME OVER!』のこれまでの内容を基底としつつ、それと矛盾しないような形で整合性の取れた結末を考え出せばいいのですから。そして幸か不幸かこれまでに刊行された内容は三巻分しかありません。従って常識的な範疇で筋立てを考えれば以前の内容と矛盾することはほとんど起こり得ないでしょう」

 と、ここまでは順調に進む。波風など立つはずもない。しかしここから先はそうも行かない。議論の進行がいよいよ僕たちの抱える問題の核心へと到達するからだ。それがこれから僕たちを待ち受けるであろう泥沼の戦いの始まる合図だ。

 「では、続いて論点の確認に移りましょう。つまり私たちは今ここでどのような終わり方を目指さなくてはならないのか、ということです。このことについて考えるにはまずこの『GAME OVER!』という作品が本来的にどのような結末を指向して始められた物語であったかを今一度振り返ってみる必要があるかと思いますが」

 と、そこで結衣の流れるような言葉の運びに躊躇の色が見えた。そのわけは他でもなく、この先に続く言葉こそが僕たちの議論の核心となるからであり、それゆえにこそ軽々に口にすることが憚られる。その心情は僕にも痛いほど分かるが、それを言葉にしないことにはそもそも話が始まらない。結衣にしてもその辺りの事情は言うまでもなく良く理解しているのだろう。結局、躊躇いを見せたのはその一瞬のみで、そこから先の言葉には淀みを見せなかった。

 「このことは作品におけるジャンルの問題に直結していると考えていいでしょう。少なくともこの『GAME OVER!』という作品においてはそれが物語の結末を決定づける根本的な要因となるからです。ではこの私たちの物語の属するジャンルとは何であるか。それはずばり『ラブコメ』です」

 個人的にはもう少し照れを含みながら、ためらいがちにその単語を言ってくれる方が良いのだが、鉄の女・織星結衣にそういう含羞を求めるのが間違っているのだろう。淡々と事務的に言ってみせるその姿勢はアリかナシかで言えばわりとアリだ。

 延々と長い前置きをした上で言い放つ言葉としては随分ふわふわしているが、このふわふわが持つ殺傷力はいま僕たちの置かれたこの状況においては非常に高い。それを証明するかのように結衣がそれを言い終えた瞬間、その両隣に座るすみれと弥生の表情が一変した。具体的にどういう表情かはあまり言いたくない。ただ、物凄く恐ろしい顔とだけ言っておこう。

 しかし、何よりも恐ろしいのはこれから始められるその泥沼の戦いの渦中に置かれるのが他でもなくこの僕自身であるということだ。その理由は結衣が続けて言い放った言葉に集約される。

 「ここで最初の論点の話に戻りましょう。私たちの物語が『ラブコメ』である以上、その結末はジャンルの性質に沿ったものでなければなりません。それがどういった形のものであるかは言うまでもないでしょう。ごく単純に図式化すれば、物語の主人公とヒロインとが何らかの経緯を経て最終的に結ばれる。ただそれだけでいいのです。」

 結衣のこの言い分はもっともな理屈だ。『ラブコメ』と言うからにはとにかくラブってコメりさえすれば後はなんだっていい。そこに至るまでの経緯がどれだけ複雑な物になるとしても結末だけは至って明快だ。ただ主人公とヒロインが最終的にくっつけばいい。少なくとも結末だけを考えるのであればそれ以上の理屈はいらない。しかし、その明快さが今の僕にはとても恐ろしい。

 「要するに、私たちの議論の方向性というものは既に決定されているのです。その論理をこの『GAME OVER!』という作品に当てはめるだけですから、他に余計な理屈は要りません。つまり、主人公であるところの司郎くんと、ヒロインであるところの私こと織星結衣、そして弥生と花菱さん、その三名のいずれかが最終的に結ばれる形で終わりさえすればそれでいいのです。後はそこに至るまでの経緯を肉付けする。結局のところ、私たちが行おうとしているのはそのような単純な議論でしかありません」

 ここまで言い終えて、結衣は一呼吸置くように人の良い微笑を浮かべる。それが額面通りに受け取るべきでないものであることを僕は知っているが、だからといってそれがこれからの僕の運命に対して何か寄与する訳でもない。そして結衣はその微笑を崩さないまま最後の宣言を口にする。

 「というわけで前置きは以上です。この議論の趣旨はご理解いただけましたね?では皆さん、殺し合い、もとい議論を始めましょう」

 

1.5

 

 ここで一つ閑話休題を差し挟む。

 僕たちが今行っていることについていくらか補足しておく必要があるだろう。

 ここまでの流れだけでもある程度察しは付いたかと思うが、僕たちは『GAME OVER!』というライトノベルの中の登場人物だ。高校生のゲーム制作を題材にしたラブコメ作品で、特に人気は出なかった。

結衣の前置きの中でも言及されたが、この作品は結局完結の日を見ることなく途中で終わってしまった。理由は単純に作者の御堂カズマが執筆の途中で亡くなってしまったからである。もともと次巻で(打ち切りのため)終わる予定ではあったが、そのプロットにさえ着手していない段階で亡くなったのでその結末がどのようなものであったかは永遠に闇の中である。仮にそれが残っていたとしても誰も興味など持たないだろうし、書き継いでくれるようなヒマな人間が現れる可能性は考え難いので結局は同じことだ。

いずれにしても僕たちにとっての問題はこの物語が完結を見ないまま終わってしまったというその一点に尽きる。

物語の登場人物の存在意義というのは、その行動を通して物語を進行させていくことにある、と少なくとも僕たちは信じている。

同時に「一度始められた物語は始められた以上終わりを目指さなくてはならない」という認識を僕たち五人は共通して持っていた。

だから僕たちはその認識に基づき、僕たち自身の手で物語の結末を考え出すことにした。

その行為に意味などないということはもちろん理解している。どのような結末に決まったとしてもそれを形にしてくれる者は既にこの世にいない。それを理解した上で少なくとも僕たち自身にとっては意味のある行為だ、などというつもりも実はない。まるで売れないまま打ち切られたラノベの結末を考えるなど当の僕たちにとってさえ苦痛に等しい行為だ。

それでもなお僕たちが物語の結末を探し求めるのは、結局のところ、そうしなくてはならない、というほとんど強迫観念じみた義務感に突き動かされているからなのだろう。それをしないことには自己のアイデンティティを保てない、などと大層なことを言うつもりもない。というよりもただそのアイデンティティとやらに従って行動しているだけ、と言うのが正しいのだろう。物語の登場人物として生み出された以上、その通りに動く。僕たちに出来るのは結局のところそれ以外にない。

言うなればすべての人類が滅びた後の世界においてなおもプログラム通りに動き続ける機械、そんなところだろうか。これは別に自嘲として言っているのではなく、本当にそういうものだと思っている。特にエモーショナルな感情もなくただ淡々と所与の宿命を受け入れる。僕たちの行動原理というのはそれ以上でもそれ以下でもない。もっともその行動自体は非常にエモいものになろうとしているのだが。

とにかく補足は以上である。話を議論の場に戻そう。

 

 

 剣豪同士の立会いとでも言うような殺気立った空気に場は支配されていた。この物語の『ヒロイン』であるところの三人の少女はラブコメの女の子が決して見せてはいけないような表情でそれぞれ相手の出方を伺うように牽制の視線を送り合っていた。一歩でも間合いに入れば即座に切り捨てるとでも言うようなその気迫からは一体何者なんだお前らは、という感想しか出てこない。

その状況から最初に動いたのはすみれだった。

 「正直なとこ結衣の言ってる理屈はよくわかんないんだけどさ、要するに今までの話の脈絡に沿ってればなんでもいいんだよね?」

 花菱すみれ。ゲーム制作部員の一人で僕の幼馴染。金髪ツインテールのツンデレ女。テンプレ記号の化身とも言うべきベタの極み乙女。気の強い性格で口が悪く誤解を受けやすいが根は優しい。そういう設定。僕の私見を挟むとその誤解はたいてい解かれないので、実際の運用においてはただの口の悪い女でしかない。

 そのすみれが口火を切るという展開そのものが既に不穏な流れを予感させるのだが、しかしこれだけでは当然決定的な契機とはなり得ず、その発言については結衣がごく穏当に次のように応答する。

 「そうですね、確かに私が始めにこの議論の前提として提示した条件に対する解釈としては妥当だと思います。極端に言えば話の辻褄があってさえいればあとは特に問題はないかと」

 このまま当面のうちは穏便に事が運べばいいなどと思った僕はどうやら自分の幼馴染のポテンシャルを見誤っていたらしい。そしてそれ以上にヒロイン各自のこの場に傾ける意地の重さについても。

 「あ、そ。じゃ、私と司郎がくっついて終わり、これで決定ね?」

  今しばらくは水面下の牽制が続くかと思われたところをすみれはいきなり初太刀ですべてのケリをつけにかかる。貴様、さては薩摩の者か。

 瞬間的に場の気温がぐぐっと下がったような気がしたがこれはもちろん錯覚に決まっている。下がったのは僕の体温だ。

 他の二人の様子は一見した限りでは至ってクールにその発言を受け止めているようにも見える。ニコニコと微笑むばかりで事を荒立てようとするそぶりは見受けられないが、その裏側ではきっとこのしゃしゃり出た鉄砲玉を如何にして沈めるかを冷静に計算しているのだろう。こんな笑顔を僕はVシネマでしか見たことがない。

 「そうですか、それが花菱さんのご提案ですか。単純にして明快、実に良い結論ですね。貴重なご意見ありがとうございます」

 「そうね、まずはこうやって意見を出し合ってく方がいいんじゃないかな」

 すみれの言葉に対し、結衣と弥生がそれぞれ応じる。一見して穏当な物言いであるが、今の文脈の上では要するにこれは「貴様の意見になど従わない」という意志の表明以外の何物でもない。

 字面こそあたかもこのまま建設的な議論を交わし合いつつ民主的手続きを経て結論を導き出そうとでも言うかの如き口ぶりであるが、そこに内包される含意はたぶんそれほど文明的なものではない。

 「ちょい待ち、私は『これで決定』って言ったのよ?つまり、これ以外の結論はないってこと。結衣、あんた言ったわよね、話の辻褄が合ってれば特に問題はないって。だったら私の意見だけで十分でしょうが」

 他の二人を出し抜いたつもりがまるでダメージが無く、それどころか話の主導権さえ持って行かれたことに慌てたすみれが猛烈に食い下がる。しかし、第三者の視点から言わせてもらえば、それは甘い。すみれはこの殺し合いのルールを何も分かっていない。それでは結衣と弥生には勝てない。

 「ええ、その通りのことを私は確かに言いました。ですが、花菱さん、貴女はこの議論の本質を根本的に見誤っています」

 「は?何それ、私が勘違いしてるってこと?」

「単純な話ですよ。貴女のご意見がこれまでの物語の文脈と合致しているかどうかについてはまだ精査すらされていません。従ってそれをその通りに採用することは当然ながら出来ない。ただそれだけのことです。つまり、貴女の今の発言は単に資格を提示したに過ぎません。それはこの物語の結末における『勝ち組ヒロイン』たる資格が自分にあることをただ表明した以上のものではないのです。そこから真に『勝ち組ヒロイン』として認められるためにはその妥当性を示さなくてはなりません。この場合の妥当性というのは要するに貴女と司郎くんが結ばれる形で物語が結末を迎えることについて少なくとも今この場にいる誰しもが納得できるような根拠のことです。それが示されない時点では貴女の意見をそのまま結末として採用することには同意出来ません」

 「話長すぎない?三行でまとめてよ」

 「そういう性分ですので諦めて下さい」

 悪びれもせずに言う結衣の態度にすみれは軽くため息を付きながらも、

 「要するに、私には勝ち組になる資格があるけど、それでいいかどうかは根拠をきちんと示さなきゃいけないって理解でいいわけ?」

 と律儀に三行でまとめてくる辺りに妙な生真面目さを感じる。

 「まあ、そういったところです。そして貴方に資格があるというのであれば当然私にも弥生にも同様にその資格があるわけです。なにしろ私たちがこの物語の『ヒロイン』ですから」

 なんとなくだが、この辺りの言い分に僕は結衣の真意があるように感じた。つまり三人で同じ土俵に上がって、その上で勝負を付けるとでも言うような。

 「それってつまり私ら三人で殴り合いをしようってこと?」

 端的に言えばこういうことなのだろう。

 「その表現はどうかと思いますが、まあ否定はしません。私たち三人が同様の資格を持っているという前提の元で、その中で誰が『勝ち組』に足るだけの妥当性を持っているか、それを比較検討しようと言うのです」

 結衣自らこのような展開に話を持っていくからには恐らくその殴り合いの状況において必ず勝てるという確信があるからではないか。僕の立場からするとそのように思えてくるのだが、すみれと弥生はそれを知ってか知らずか、結衣の提案する土俵に乗っかることを拒む様子もない。いささか迂闊であるようにも思えるが、かと言ってその他に議論の方法があるようにも思えないから仕方がないとも言える。

 いずれにせよ、今この状況に際しては僕に発言権があるようには思えないから大人しくオブザーバーの位置に甘んじて成り行きを見守るしかないのだろう。

 念のために言っておくけど、決して争いに巻き込まれるのが怖いとか、そういうわけじゃないぞ。

 

 

 「要するに、私たち三人が話の流れ的に自分こそが『勝ち組』に相応しいです!ってそれぞれプレゼンしてくような形でいいのかな」

 といった具合に弥生が話をまとめる。完結にして明快。どこぞの部長にも見習って欲しい進行と言える。

 ここまで先送りにしてしまったが、一応お決まりの人物紹介を挟んでおこう。

 天覧山弥生。ゲーム制作部の一員で結衣の友人。大人しい結衣とは対照的に華やかな容姿と人当たりの良い性格から男子生徒の憧れの的。どこか抜けたところもあるが、そこがかえって魅力になっている。あとおっぱいが大きい。そういう設定。

 「それじゃ私から言っていい?」

 「はい、構いません。一人ずつ自分の正当性を論じていき、その都度それを検討するという形でいいでしょう」

 弥生の提案に結衣が随分と素直に乗っかる辺りにはどこか引っかかるものを感じる。結衣にとって弥生は中学の頃からの親友だから、すみれに対するのと違って普段から格段に友好的な態度になるのは当然だが、当人たちにとっては切羽詰まったこの状況下でいくら親友同士であっても私情を挟むような人間ではないはずだ。

 つまり、それは結衣にとって不利な提案ではない、あるいはむしろ有利でさえあると判断しているということを示唆している。その推測が仮に正しければ結衣の強かさも大したものだが、実際はどうか。

 ともあれ、弥生の提案する形で『勝ち組ヒロイン』入札者によるプレゼン会が開始される運びとなり、そのトップバッターとして弥生自身の話が始まった。

 「ではまず、皆さん、私たちのこれまでのお話の流れを思い出して下さい。つまり、話が途中のまま終わってしまった三巻までの内容ってことですけど。その中で私がどういう存在として位置づけられていたか、これが重要なポイントです。さあ、皆さん、思い出しましょう!」

 弥生の口調はどことなく結衣を真似たような印象があるが、正直に言って本物には遠く及ばない。自分の主張に論理的な整合性があると示したいのだろうが、いろいろと雑である。そもそもあんな回りくどい言い方なんか無駄に時間食うだけだから真似すんなと。

 「どういう位置って、その、なんていうか、永遠の三番手ヒロイン?」

 始めに応じたすみれは相変わらずの口の悪さである。いや、流石にその言い方は無いだろう。否定はしないけど。

 「俺はそこまでは言わないけど、まあ他の二人と比べると司郎との接点は薄いんじゃないかな。ストーリーのきっかけを作ったわけでもないし、部に入ったのも織星さんとのつながりからだし」

 ふと誰だお前と言いかけて、その発言の主が康平であったことに気がつく。今まで全く議論に絡んでいなかったので、ほとんどその存在すら忘れかけていた。もっともそうなるのも無理はない。なにしろこいつの存在はこの議論において全く関係がないのだから。ようやく自分の存在を表明出来る場が出来たので今更しゃしゃり出てきたというところか。邪険に扱うのも可哀想だからこのまま話に参加させてやるべきなのだろう。

 「ふふふ、お二人は肝心なことを記憶から消してしまっているのではありませんか~?三巻のラストで私が何をしたのか、忘れてもらっちゃ困りますね~」

 割りとエグいことを言われているにも関わらず凹むどころかむしろ自らの勝利を信じて疑わないその姿勢は立派の一言に尽きる。そしてその自信の根拠というのもよく分かる。というのも本人の言うとおり、弥生は最終巻となった三巻のラストにおいて物語に重大な契機をもたらした人物であった。

 「三巻の終盤で弥生と司郎くんが幼い日に将来を誓いあった仲であったことが判明し、バレンタインの日に告白した、こういう流れでしたね」

 話を勝手にひったくって簡潔にまとめるのは結衣であった。柄にもなく明快に説明してみせる辺りに最初からそうしろよと思わないでもない。

 「そう、その通り!自分の口から想いを伝えてあるんだから辻褄もへったくれもないでしょう。司郎くんがそれに答えてハイ終わり!ってな感じで。直近の物語の展開からすればこれが一番自然な流れでしょ?妥当性ってとこを問題にするんだったらはっきり言って私以外に有り得ないと思いまーす!」

 大きくばんざいをして見せながら無邪気に言う弥生であったが、残念ながら僕は彼女ほど状況を楽観的に見ることは出来ない。弥生が自身の武器として振りかざすその三巻終盤での出来事は実のところむしろ彼女を勝ち組の座から引きずり下ろす足かせでしかないということに僕は気付いてしまっているからだ。

問題は果たして他の人間がその点に気がついているかどうかである。少なくともすみれに関してはぐうの音も出ないというような顔をして慌てているだけでこれはまず問題外、康平はなぜだかムッとした面白くもない表情を浮かべているが、主張そのものに反論を示すそぶりもない。

結局のところ問題となるのは結衣なのだが、もちろんタダで済ます気など最初から無いのだろう。これまでの人生の中でこれほどゲスい顔に出会ったことがないほど最高にゲスい笑顔を浮かべていた。こんなのがヒロインとか嫌だなあ。

「親友である貴女に辛辣な意見を言うことになるのは心苦しいのですか、私とてもヒロインの一人という立場にある以上それを言わない訳にはいきません。つまり、貴女の立場は現実としてこの物語のヒロインたりうるものではない、と」

などと沈鬱な表情を浮かべながらもっともらしい言葉を吐きこそするが、その嬉々とした声色だけはまるで隠せていない。どう見ても殺る気まんまんだ。

「んんん?結衣、今なんて言ったのかな?私がヒロインにふさわしくないとかなんとか言うのが聞こえた気がするんだけど、気のせいだよね?結衣が私にそんなこと言うわけないよね?無・い・よ・ね?」

「いえいえ、適切に聞き取れていますよ。私は確かに言いました、天覧山弥生はこの物語のヒロインの座に相応しくない人物である、と」

背景に雷鳴が轟くような風景が想起されるかの如き二人のやり取りである。こいつら本当に親友なのかよ。

しかしこの一連の流れを目の当たりにしたことで僕の中では一つの確信が生まれていた。つまり、結衣はここで他の二人を潰しに掛かっているのだと。

物語の筋における妥当性を強調することでそれを各自が主張する流れを作り、その上でそれを論破していく。恐らくこうした算段の元で結衣は動いているのだろう。なんという卑劣さであろうか。結衣の目論見が図に当たったとすれば必然的に僕はこんな奴と付き合わなくてはならなくなる。嫌だなあ。

「ふーん、じゃあ説明してくれる?私のどこがヒロインにふさわしくないかを」

弥生は随分と感情的になっているようだが、売り言葉に買い言葉は非常にマズい。それこそ結衣の思う壺なのだが、弥生はまだそれに気付いていない。

「ええ、いいでしょう。では端的に申し上げます。貴女が三巻の最後で行った告白およびそこで判明した貴女が司郎くんの初恋の相手であるという事実、これらは一見貴女の立場を有利にしているように見えますが、事実はその逆です。というのも、つまるところこれらはいわゆる『テコ入れ』に過ぎないからです」

「なっ……」

結衣の言葉に弥生が絶句する。それも当然の反応だろう。結衣はその言葉によってほとんど弥生のヒロインとしての価値をほぼ全面的に否定しにかかっているのだから。

「『テコ入れ』という言葉の意味するところはみなさんお分かりでしょう。つまり、不人気に陥った作品が生き残りをかけて仕掛ける急な盛り上がりのことです。周知の通り、『GAME OVER!』は元々四巻での打ち切りの決まっていた作品でした。このことはこの作品が三巻の刊行される以前から既に不人気に陥っていたことを示します。このまま行けば打ち切りを食らうことは必定と考えられる状況下で作者である御堂カズマ氏が打ったのが私たちヒロインと司郎くんとの間を急接近させ、ラブコメとしての展開をほとんど強引に進めることでした。まあ結果としてそれが実を結ぶことはありませんでしたが」

ここぞとばかりに結衣の長広舌が勢いづく。「私のターン!」と言うことだろう。しかし弥生とても自分の立場を譲るつもりなどさらさらない以上、何が何でも抵抗しなくてはならない。

「そうね、確かに私も三巻の展開はテコ入れ以外の何物でもないと思うわ。でもね、仮にそうだとしてそれが一体何だというのよ。テコ入れだろうがなんだろうが司郎くんに告白したことでヒロインの座に近づいたことに変わりはないはずでしょうが」

と、弥生はなおも食い下がるが、しかしそれはやはり苦しい。そしてその苦しさを結衣が見逃がすはずもない。

「先ほど言いましたが、貴女の言うその告白という行為こそが貴女をむしろ不利な立場に追い込んでいるのです。というのも、その行為が三巻のラストシーンにおいて行われたということが天覧山弥生という人物に負け組の烙印が押される結果を導き出すことにつながっているのですから」

「はあ?何よ『負け組』って。どこに私が負ける要素があるっていうのよ?」

「簡単なことですよ。三巻のラストにおいて弥生から告白を受けた司郎くんが来るべき四巻の冒頭においてどう応じなくてはならないか。それを考えればいいのです」

 「どうってそりゃ私が告白したわけだから、それに応えるか断るかのどっちかしかないでしょう」

 「その通りです。では仮に司郎くんがそれに応じると仮定した時、その次の展開はどうなるでしょうか」

 「どうって、私と司郎くんが付き合うことになって……

 そこまで言い終えて弥生は途中で何ごとに気付いた様子で黙り込む。そしてそれとは対照的に結衣はほくそ笑むように顔を歪ませた。『計画通り……!』という吹き出しを付けてやりたい顔である。実にゲスい。

 「これでお分かりでしょう。そう、仮に司郎くんが弥生の告白に応じたとして、その次の展開は何か。それはつまり物語の終わりです。ページにして二十もかからないでしょうね。四巻に相当する内容はその冒頭にして終わってしまいます。これでは文字通り『お話』になりません。つまり、弥生が『勝ち組』の座に付くことは物語の展開のレベルにおいて妥当性を著しく欠いているのです。説明はこれで十分と思われますが、何か反論はありますか」

 最後に余計な煽りまで付けて話を結んだ結衣であったが、その顔は圧倒的な勝利への確信に満ち溢れている。事実、弥生はそれ以上何も言えない。ただ「ぐぬぬ」と悔しさを露わにしながらとりあえず唸ってみせる以上のことはできそうもない。

 「話はよくわかったわ。とにかく弥生はここで負け犬確定ってことでいいのね。じゃ、こっからはいよいよ私と結衣の一騎打ちと行こうじゃない」

 弥生の決定的な敗北を目の当たりにして嬉々とした様子ですみれがしゃしゃり出る。

 「まあ、そういうことになりますね」

 弥生をものの見事に沈めたことに気を良くしたのか不遜としか言いようのない表情を浮かべながら結衣が応える。これはもうヒロインというよりラスボスと呼ぶ方が妥当ではないだろうか。

 結衣のそのラスボス的態度から感じるのはこの議論における勝利への確信であり、残るすみれの存在など物の数にも入らないとも言うべき不遜さであった。だが事実としてバカでアホのすみれが結衣を言い負かすような展開は考えるようもない以上、そのような驕りが生じるのも無理もないように思える。

 しかしバカでアホのすみれがそれに気づくはずもない。無邪気な子どものように自信まんまんに持論の展開を始める。

 「結衣の言う『妥当性』っていうのは、要は司郎とくっつくことで特に問題なく物語が終わらせられるかどうかってことでいいのよね?」

 「そうですね。ごく単純化して言えばそうなります」

 「っていうことはさ、私と結衣のどっちが司郎とくっつくことになっても話の展開的には正直どっちでもいい気がするんだよね」

 「まあ、そうでしょうね。これまでの物語において私と花菱さんはどちらも司郎くんと結ばれてもおかしくないような、いわゆる『フラグ』を十分に積み重ねていますし、弥生のような爆弾も抱えていませんから、理屈の上ではそうなるでしょう」

 挑戦者を迎え撃つチャンピオン、というよりは幼子の相手をする母親とでも言うべき余裕綽々とした雰囲気を感じさせる結衣の態度であった。しかし、すみれは構うことなくあくまで自分の言いたいことだけを述べるつもりなのだろう。結衣のそんな様子を意に介すことなくそのまま続ける。

 「そんじゃあ、やっぱり私でいいよね。さっきも言ったけど私とくっつくことには特に問題ないんだからさ」

 バカでアホのすみれらしいバカでアホな結論であった。要するにただのゴリ押しである。

 なるほど、確かにすみれの言い分にも理がないこともない。積極的に否定も肯定も出来ないのであればそれをゴリ押しした者の勝ち。単純にして明快な理屈だが、詰まるところはノーガードの殴り合いである。筋の通った理屈を持ち出されてしまえば勝てる要素は微塵もない。そしてこの織星結衣がそれを用意もせずに馬鹿正直に殴り合いにかかるはずもない。弥生の時と同様に決定的な理屈を何か隠し持っているのだろう。

 「私と司郎は幼馴染だし、ゲーム制作部の中のやり取りでそれなりにフラグも立ててるし、私とくっつく展開になっても別におかしくはないわよね」

 「ええ、そうですね。そしてそれを言えば私も司郎くんがゲーム制作に身を投じるきっかけを作るといういわば物語全体の契機となる存在ですし、やはり部活動でのやりとりを通して司郎くんとの関係を深めています。その理屈で言えば私と結ばれる展開になっても別におかしくはないわけです」

 「うん、そこに関しては私も認める。だからさ、どっちでもいいんなら私でいいよね。何か否定できる材料があるんなら話は別だけど」

 「まあ、その、幼馴染というのは典型的な負け組要素でもあるわけですから、その辺においてはいくらか妥当性に欠けるといいますか」

 「でも別にそれって私らの話には関係ないよね?私が司郎とくっつくのを否定できる理由にはならないんだから」

 驚くべきというか、すみれの無理やりなゴリ押し戦法が意外と効いている。成り行きを見ている限りでは結衣の立場が苦しいものになっているように感じられる。

 確かにすみれの言っていることはめちゃくちゃで筋が通っていない。しかし、筋の通らない意見を退けるためには明晰な論理を持ってあくまでも筋を通さなくてはならないのが道理だ。

 しかし、すみれの主張は無理筋ではあっても筋が通っていない訳ではない。それを論破するのは思いの外難しいような気もするがそこは織星結衣である。何かしらの秘策を用意しているに違いない、と勝手に期待をかけていると、おもむろに僕の顔を黙ってじっと見つめてきた。その表情は笑ってこそいるが先ほどのような不遜な笑みではなく苦笑いである。その表情で「わ、どうしましょう」と無言のメッセージをこちらに送ってくる

 どうやらこの女、この展開を全く予想していなかったらしい。

 この状況、当然ながらすみれが優位に立っているはずもないのだが、かと言って結衣が明確に優位な立場に立てそうもないというところがポイントである。そして結衣の取った戦術は相手に対して決定的な優位に立てない時点で破綻する。自分の妥当性を示すというよりも相手の妥当性を否定することで相対的な優位に立つことを目論んでいるからだ。

 しかしこの戦術はひと度相手の論破に失敗した途端に自分の相対的な優位さえも喪失するという点で非常に脆いやり方だ。つまり事実上、結衣は一転して不利な立場に陥ったことになる。

 本人もそれを悟ったのか青い顔をしてこれ以上反論すべき言葉を見失っている様子でいた。厳しい言い方だが、この状況に関してはただ結衣の見通しが甘かったと言わざるを得ない。恐らくすみれに自分の構築した論理の穴を突いてくるような知性などないと高をくくっていたのだろう。だが花菱すみれがちまちまと穴を探すようなことをするぐらいならダイナマイトで無理やり穴を空けることを選ぶ反知性の権化の如き女であることを見落としていた。

 何がいけなかったのかと言えば、ごく単純に蛮族とまともに交渉できるなどと信じて疑わなかったのが悪い。

 しかし、この結衣の手痛い敗北はこの議論全体の流れに大きな問題をもたらす結果となった。つまり、このことによっていよいよ議論をまとめることが困難になったのである。

 

 

 それからしばらくの間、議論は一事中断され休憩を挟むことになった。顔面蒼白になった結衣が今にも息絶えるような声でそれを提案したので誰も異論を挟むことが出来なかったからである。

 すみれがコンビニに行くと言って席を立ち、それにまず弥生が追随し、その上でさらに康平が続いた。すみれはともかく残りの二人は結衣の姿を見るのが忍びないと感じてその場にとどまるのを避けたのではないかと勘ぐっているが、何にせよその場には当の結衣と僕だけが残された。

 結衣は結衣でただひたすらに虚空を見つめながら口をあんぐりと開け、エクトプラズムでも放出しそうな呆けた顔をしているばかりで、とても掛けるべき言葉は見つかりそうもない。そもそもこの時、僕には結衣に構ってやれるような余裕は無かった。というのも、僕は結衣の論理展開が不首尾に終わったことでこの議論の結末への道がほとんど閉ざされてしまったことに気がついてしまったからだ。

 ここで僕のこの議論における立場を正直に吐露しておこう。実のところ僕はこの議論の結末はなんだっていいと考えている。つまり最終的に結ばれる相手が誰であろうが構わないということだ。

 こんなことを言い出すと冷たい人間だと思われるかも知れない。だが、それでも構わないとさえ思っている。僕の頭の中にあるのは、ただこの物語における自身の役割に忠実であり続けることでしかない。だから、事実として僕は冷たい人間なのだろう。

 物語という装置の中の一つの機構として自らを定義し、一切の感情を排してでもその機能を遂行する。僕がやろうとしているのはそういうことだ。つまり『GAME OVER!』という作品における『主人公』としてその物語を完結まで展開させる。この場における僕の意志はただその一点に傾けられている。

 こんな行動原理はもはや機械のそれに等しい。しかし、そうは言っても本来的に鏡山司郎という個はそのために生み出された存在である。それ以外のことが出来るようには作られていないのだから選択の余地など始めからありはしない。

 そしてそれは何も僕だけの問題ではない。僕と相対する三人の少女たちもまた『ヒロイン』という所与の役割を忠実に果たそうとしているに過ぎないのではないか。結局のところこの議論の問題というのは、そのような物語において各自が与えられた『機能』がその性質上不可避的に衝突し合っているがゆえに生じるエラーをいかにして解決するか、という点にかかっているのではないか。

 ふとそんな疑問に思い至った僕は出払っていた三人が戻り、議論が再開されるところで、開口一番こう切り出してみた。

 「君らさ、僕のことそんなに好き?」

 言ってみて非常に誤解を招きかねない発言であると気付いたが、それも口を開いた時点で既に遅かった。予想通り、瞬く間に誤解を招いた。

 「何言ってんのよ、あんた。気持ち悪っ!」

 ほとんど予定調和のようにすみれの罵声が飛び、他の二人も言葉にこそしないものの「勘違い男きもちわるい」とでも訴えるような表情を見せ、僕はとても傷ついた。

 「いや、別に深い意味があるわけじゃない。本当に言葉通りの意味なんだ。つまりこうして議論を交わしていくことの内側に本当に僕に対する恋愛感情があるのか、ということだ」

 と、僕は必死で釈明をしてみせるものの、向けられた胡乱な視線はこれっぽっちも変わらない。とはいえ僕の言いたいことの趣旨は伝わったのだろう。三人はひとしきり真っ白な視線を僕にぶつけ終えると次にそのまま互いに交わし合い、そして一つの共通了解に達したような顔を見せてから、声を揃えて言う。

 「「「いや、別に」」」

 別に期待をしていたわけではないがこうもはっきりと言われるとさすがに僕も傷つく。しかし、この場において僕の心の傷とか悲しみとか辛さとかは一切関係がないので、歯を食いしばりながら僕は次なる問いを投げかける。

 「じゃあ、君らが結果として僕と付き合うことにつながる議論に躍起になっていたのはどういう感情からなの?」

 依然としてどこか気持ち悪さの残る問いかけであったが、三人ともそれなりに思うところがあったのか、自問するような様子でしばし考え込む姿を見せるので、それはそれでまた釈然としない。

 「その問いかけは額面通りに回答出来ないものであると言うしかありませんね。というのも、少なくとも私はこの議論に際して自分の私情を一切挟んでいないからです。つまり、あくまでも自分に与えられた『ヒロイン』という役割を全うすることだけを考えて議論に臨んでいたというわけです。そのためには自分の個人的な感情を押し殺すことも辞さないとさえ思っていましたから、回答としては『特に感情と呼べるものはない』という形にせざるを得ません」

 三人を代表するように結衣が彼女らしい論理的な回答を返す。そしてそれは僕の期待している答えでもあった。ところで「感情を押し殺してでも」というフレーズは余計じゃないかな。でも僕はめげない。めげずに続ける。

 「君の言う『ヒロイン』という役割を全うする、というのはどういうこと?」

 「それは少し難しい問題ですけど、そうですね、私の見解としては『ラブコメ』の『ヒロイン』と前置きした上で、とにかく主人公と結ばれることであると思います。つまり、第一に『勝ち組』になること、そうでなければ少なくとも『負け組』にならないこと。ほとんどの場合この二つは表裏一体の関係にありますから、実際上は『勝ち組』になることを絶えず志向し続ける、これが『ヒロイン』の役割であると思います」

 主人公と結ばれることを志向して行動する、これこそが『ヒロイン』の役割である、と結衣は言いたいのだろう。これもまた僕の期待に合致した回答ではある。が、もう一声足りない。そう思っていたところに思わぬ方向からその「もう一声」が引き出された。

 「この女の言い方はまだるっこしいのよ。要はね、これはあんたへの気持ちがどうとかじゃなくて、私たち自身の『価値』の問題なのよ。『負け組』になれば当然その『価値』が減るんだから何がなんでも勝たなきゃいけないのよ、私たちは。だから別にあんたのことなんか全然これっぽっちも好きなんじゃないからねっ!」

 恐らくすみれ自身には全く自覚はないのだろうが、この発言の持つ意味は重大だ。つまり彼女たちの行動原理というのはとにかく自身に付与された『ヒロイン』としての『価値』を損なわないことにある。

 すなわち彼女たちの行動の本質的な目的とはその『価値』を高めるのではなく、あくまでも守り、維持することであって、ただ現実としてそれを為すための手段が『勝ち組』になる以外にない。『ヒロイン』たちがひたすらに勝つために争い続けることの背景にはこうした必然が根底にある。それはそれとしてここで教科書通りのツンデレを披露するのはやめろ。本気で勘違いしそうになるぞ。

 いずれにしても、このすみれの発言が示唆するのは彼女たちが『勝ち』を志向して行動しているのではなく『負けない』ために行動しているということだ。

 誰か一人が『勝つ』ということは同時に他の二人が『負ける』ということに他ならない。このような各自の立場の衝突が不可避であるがためにこの議論はまとまらない。

 しかし、このことは裏を返せば誰一人『負けない』という形になればその衝突は起こらないということを示してもいる。しかし、果たしてそのように都合の良い終わりがありえるのか。

 この問いに対して、僕は「ある」と自信を持って応えることが出来る。三人の『ヒロイン』たちを納得させることの出来るであろう一つの結論に今僕は達した。

 「オーケー、分かった。今の話で確信出来たよ。今、僕は一つの答えに達した。みんなが納得できるわけじゃない、けど納得せざるを得ない、そういう答えに僕はたどり着いた」

 僕がそれを口にした瞬間、明らかに場の空気が変わった。驚きと半信半疑がないまぜになったような微妙な空気だ。しかし、それゆえに強い期待も感じる。

 「え、ちょっと待って。自分で言うのもなんだけど今の状況めちゃくちゃ複雑だよ。そんな都合のいい話があるとは思えないんだけど」

 弥生が疑問を呈するのももっともだ。しかし僕はあくまでも自信を持って「ある」と断言した。

 「結論としてはそんなに難しい話じゃない。誰かが勝つことで他の二人が負ける。それで『価値』が下がるということが問題なんだろう?だったらみんな負けなければいい。君たちの目的は『勝つ』ことじゃない、『負けない』ことなんだ。だったら誰も『負けない』ように物語を終わらせればいい」

 僕がここまで言うと結衣だけはその真意に気付いたようで、

 「司郎くん、もしかして今とんでもないこと言おうとしてませんか?」

 と不安げに問う。なるほど確かに「とんでもないこと」かも知れない。なにしろこれまでの議論を根底からひっくり返すような結論だからだ。僕自身、それを提示することは決して本意ではない。だが、覚えておけよ、僕がこれを切り出すのはひとえに貴様らの面倒くささのせいだということを。

 「話としては非常に簡単なことだ。つまり、君たち三人が誰一人僕とくっつかない。その形で物語を終わらせる。これが僕の結論だ」

 場の空気が凍りつくのを感じる。まさしく絶句としか言いようのない状況だ。結衣以外の三人は僕の発言の意味がうまく飲み込めないのかひどく混乱した様子でおろおろとしている。

 「えっ、ちょっ、あんた何言ってんの、それ本気?」

 柄にもなくすみれがうろたえているが僕は本気だ。混乱の極みに達したこの状況を終わらせるためにはもはやこれしか手段がないとさえ思っている。

 「結末までの流れとしてはこうだ。色々と紆余曲折があったけど、結局、物語の中で僕が誰と結ばれるかが明示されることはない。有り体に言えば『僕たちの恋愛はまだまだこれからだ!』ってことだね」

 「いや、それってつまり……

 「そう、打ち切りだ。でもそれは問題にはならない。だって『GAME OVER!』は事実打ち切りを食らった作品だからね。むしろその結末としては相応しいとさえ言える。まっとうな終わりを要求できるほど大層な身分じゃないんだよ、僕たちは」

 あまりにも露悪的な言い方だったろうか。だがそれでもこれは事実である。僕たちの失敗はつまるところ始めに結衣が提示した「きれいな終わり」という概念に囚われすぎたことに端を発している。それを成し遂げることの出来るような作品であればそもそも始めから打ち切りなど食らうはずもない。

 ひょっとすると僕は既にヤケを起こしているのかもしれない。仮にそうだとしてももはや構わない。僕は疲れ、絶望していた。終わりのない不毛さの中に在り続けることに疲弊しきっていた。その無限にも等しい不毛さを終わらせるためには全てを根底からひっくり返すだけのカタストロフが必要だった。「何ごとも起こらない」というカタストロフが。

 妙な言い方だが、もしかすると僕たちが目指していた結末とは始めからこのようなものであったのかもしれない。あり得たかもしれない可能性としての結末を尽く叩き潰して最後に残った、ただひたすらに辻褄だけを合わせた骨組みのようなものを結末として選び取る。打ち切りというのは本質的にこのような選択を迫られる状況であり、振り返ればそれは僕たちの議論の大前提として共有されていたはずのものだ。つまり、僕たちにはそもそも「議論」の余地など与えられていなかったのだろう。

 この結末はきっとこの場にいる誰もが納得出来ないものだろう。それは僕だって同じだ。納得なんてしていない。しかし、たとえ納得出来なくても僕たちはそれを受け入れる必要がある。なにしろ僕たちが許容しうる結末はそれ以外にはないのだから。

 「僕の結論は以上だ。あとはこれを受け入れるかどうかをみんなが判断するだけ。さあ、どうする?」

 こう言う聞き方をしたものの、僕にはその提案がきっと受け入れられるという確信があった。僕と同じように、結衣も、すみれも、弥生も疲れ切っていた。自分の役割に忠実であろうとすることの不毛さを既に彼女たちは思い知ったのだろう。そんな状況の中で納得こそ出来ないものの受け入れられない訳ではない結論を提示されれば揺さぶられずにはいられないだろう。

僕は自分をずるい人間だと思う。そのやり方の汚さが、というのではない。他人にその役割を放棄させることを要求しながら、それによって自分だけが与えられた役割を果たそうとしていることが、だ。

 僕の問いかけにはっきりとした応答が返ることはなかった。彼女たちは何ごとかを口にする代わりにただ頷いてみせることでその意を示した。納得はしない、だが受け入れる。そういう意思を表明したつもりなのだろう。

 だから僕もここで余計なことは言わない。ただ一言、一つの議論が終わったことを告げるだけだ。

 「さあ、僕たちの『終わり』を始めようか」と。

 

 

 しかし、物語はここで終わらない。この場においてただ一人その結末を受け入れなかった人物がいたからだ。

 「俺は納得しねえぞ、そんな終わり」

 彼以外の人物が言葉に出来ぬまま飲み込んだはずのその言葉を、康平ははっきりと口にした。

 「だってよ、そんな終わり方でいいんなら俺の存在する理由っていったい何なんだ?お前たちの物語がきれいに終わるように手助けをしてやるのが俺の役割だったんじゃなかったのか?最後の最後で『幸せになれよ』とでも言ってやるのが俺の仕事だったはずだろう?その役割を取られたら俺なんか最初からいなくてもいいだろうが」

 それは叫びにも似た言葉であった。物語の中心から置き去りにされた、そこに立ち入ることさえ許されなかった者の悲痛な叫び。そう、僕は康平の存在をまるっきり見落としていた。彼には彼にとっての『役割』があるということも含めて。

 「その役割をお前らが否定するって言うんなら俺が自分の思うように行動しようとしてもいいわけだろ?だったら俺はこう言うぞ、『俺は弥生のことが好きだ。弥生と付き合いたい』って。それともお前らはこの感情まで否定しようっていうのか?」

 その告白を「突然」と呼んでいいのか。僕には分からない。だがそれは本来あり得てはならないはずの告白だった。

 けれども今の僕はその言葉を「あってはならない」ものとして片付けることが出来ない。なぜなら彼を戒めていたはずの役割を他でもなく僕自身がたった今否定したのだから。役割を喪失した登場人物になおも役割通りの振る舞いを要求するのはあまりにも虫が良すぎる。

 物語の結末には無限の可能性があり得るということ。その事実こそが本当に僕が置き去りにしていたものだったのかもしれない。その無限の可能性の中でたった一つを選び取る。物語が結末を迎えるというのはつまりそういうことだ。その無限の可能性の内に誰もが受け入れることの出来る結末を探し出そうとしたこと、それが僕たちの最大の失敗だったのだろう。

 であれば、僕たちの議論に果たして『終わり』はあるのだろうか。それすらも僕には分からない。

 だから僕は自分の言葉をこう言いかえなければならない。

 僕たちの『終わり』はまだまだ始まったばかりだ、と。